新連載

3回シリーズ(1)

「子どもの絵は語る」

京都女子大学  矢野  真

子どもたちの絵は、時にこんな思いを表現しているのかと驚かされることがあります。以前の事
例にこんなことがありました。

 私の前任校でのゼミ生で、とある幼稚園のA先生が研究室に遊びに来た時のことです。そこで突然、自分が担当する年長クラスの園児の絵画作品をみてほしいと言うのです。作品をみたところ、子どもたちが元気に楽しんで描く絵と何ら変わりない絵でした。

 しかし、細部までをじっくりとみていくと、家族をテーマに描いている絵と母の日をテーマに描いている絵の2 枚に共通する不思議なことに気付きました。それは、一人の人物の胴体部分に顔らしきものが3 つあるのです。普段から寡黙なBくんは、自分からあまり語ることはないため、A先生もあまり触れることがなかったらしいのですが、何枚か描く絵にこの傾向が現れること、特に母親を描くときにこうした表現をすることがわかったのです。A先生が最初にBくんの作品をみた時、Bくんは何か見えないものが見える特殊な能力があるのではないかとさえ疑ったそうです。結局、その日はしばらく様子をみるということでA先生も帰っていきました。

 後日、A先生の務める幼稚園の園長先生とも親しく、Bくんの様子も気になっていたこともあり、その幼稚園へ造形活動の見学に行きました。ちょうどその時、子どもたちが兄弟の話しで盛り上がっているところでした。私はその中に寡黙なBくんを見つけましたが、彼は普段にも増して静かに、そして落ち込んでいるようにもみられました。A先生が寄り添いながら「どうしたの?」と聞くと、小さい声で一言「ぼくには兄弟がいないから…。」
と言いました。

 さて、ここでお気づきになった方もいらっしゃると思います。そうです、Bくんが母親の胴体部分に描いていた顔らしきものは、兄弟がほしいという現れだったのです。母親のおなかに赤ちゃんがいるという、その願望を絵に表現していたのでした。その話をA先生に伝えると、A先生は以前みせてもらったBくんの作品を持ってきて、その絵に描かれた顔らしきものについて思い切って聞いてみました。すると、「(一番上の顔らしきものを指して)これは妹で、次が弟で、その次が妹なんだ。兄弟がいっぱい。そしたらみんなでいっぱい遊ぶんだ。」と、いつもは寡黙なBくんが照れながらも笑顔で教えてくれました。このように、子どもたちの絵には予想外の内容が詰まっていることがあります。そして、そこには子どもたちが伝えたいことがたくさん詰まっています。決して指導書などで描かれている事例を鵜呑みにするだけでなく、子どもたち一人ひとりとたくさんの関わりをもちながら理解していくことが大切です。また、「上手にできたね。」だけでなく、どういったところが上手に描けているのかを具体的にほめたり、描かれている絵を通じてコミュニケーションを取り、理解していくことが大切なのです。