巻頭言

子育ては文化の中で

公益社団法人 京都府私立幼稚園連盟
理事長 藤本明弘

 新制度が施行され2か月が経過しました。今のところ大きな変化は伝えられていないように感じますが、この制度のもたらす結果や意味は短期間で測れたり、目に見えるところだけで評価したりできるものばかりではないと感じます。新制度に移行した保育の現場では従来とは異なる手続きに当初はかなり戸惑いながらも、やがてそれも一通り経験することで違和感も解消され、いつの間にか日常をとり戻すことでしょう。そう考えると気が付けばこの”新制度“がすっかり”制度“として定着してしまう日もそう遠くはないかもしれません。

 そんなことを思う中、岩波新書から「ルポ保育崩壊」という衝撃的な本が発行されました。「ここに子どもを預けていて、大丈夫なのだろうか」という書き出しではじまるこの本には、目を背けたくなるような凄まじい保育現場の現実がレポートされています。

  
 親と別れて泣いている子どもが放置され、あやしてもらえない。食事は餌のように流れ作業で時間内に食べ終わることが常態化。まるで軍隊のように規律に従わされる子どもたち。面積基準は守っていても四畳半や六畳程度の広さで柵を立てて、その中で十数人の子どもたちが寿司詰め状態で入れられていることが珍しくない現場。「背中ぺったん!」と声を荒らげておとなしく壁にそって立つように指導される子どもたち‥‥。

 しかし現場の先生たちも大きなストレスや不安を抱えながらひたすら慌ただしい日々を送っています。高まる保育ニーズ、待機児童解消に人材確保が追いつかず、特に大都市圏の保育所は深刻な人材不足に陥っています。子どもの命を預かり、親の雇用を守る仕事である保育士の処遇は余りに悪く、真剣に親子と向き合う保育士ほど燃え尽きて辞めてしまう、そんな保育士の労働実態や処遇の悪さにも触れられています。また、徹底したコストの削減のもと管理第一主義を貫く株式会社が大都市圏に次々と参入している実態への危機感なども綴られています。

 この本に書かれているようなことがほんの一部の例に過ぎないことを祈るばかりですが、このような環境のもとで大切な乳幼児期を過ごした親子はやがてどのような育ちの道をたどり、人として歩んでいき、その責任は誰がとるのでしょうか。改めてこの制度の問題点が浮き彫りとなりますが、そもそも人工的に机上で作られたにわかな制度の中で、子どもも親も豊かに育ち合うことが出来るのでしょうか。

 人が人として生き、関係性を学びながら育ち合うためには、制度ではなく文化が必要です。様々な立場の人々の目に見えない感情や言葉のやり取りなどが永年に渡り積み重ねられ、それが社会の中で共有されて醸成し、やがて文化として根付くことが重要です。このことを社会発信できるのは私たち私立幼稚園だけであることを覚悟する時がいよいよ到来したのではないでしょうか。