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【新連載】3 回シリーズ(3)

カメルーン版インクルーシブ教育?

国立民族学博物館 戸田美佳子

 昨年(2016 年) 4 月、障害者差別解消法が施行された。それにともない、学校や役所などの行政機関や、鉄道会社やレストランなどの民間事業者が、個々の障害者のニーズに応じて、具体的な場面で合理的な配慮(reasonable accommodation)をすることが求められている。

 私が勤める博物館も10 年前から、ユニバーサル・ミュージアムを目指し、さまざまな年齢や国籍、言語、障害をもつ人びとに対してひらかれた展示を実践している。(たとえば見るだけではなく触れる資料の展示や、多言語による音声ガイドの提供など)。ただし現実には、個別のニーズにどのように応えればいいのだろうかと悩んでしまうことも多い。そのような時、私はカメルーンで目にした学校のことを思い出す。

 多くのアフリカ諸国では、障害者の教育は、財源の乏しい政府ではなく宣教師や慈善組織、篤志家によって担われてきた。私が訪れたカメルーンでも、障害者施設の多くが慈善団体などによって運営されていた。そのひとつに、フランス人篤志家がつくっ
た障害者施設が首都ヤウンデにあった(現在はカトリックの神父が運営している)。

 この学校には、視覚障害や発達障害をもつ生徒のための学級がある。視覚障害者学級を覗くと、脚に障害のもつ先生が教鞭に立ち、目の見えない生徒は点字ボードを、近所から通う障害のない生徒は木のボードやノートを使い、一緒に学んでいた。

 施設自体は(日本のようにエレベーターなどないので)階段や段差などバリアだらけなのだが、身体障害をもつ生徒たちも車椅子を使い通っていた。彼らが階段などを移動する際は、同級生やその場にいあわせた生徒たちが車椅子を持ち上げていた。そう
した風景がここでは日常だった。インクルーシブ教育を目指して作られた学校ではないが、障害のある人と障害のない人が共に学ぶ仕組みが無理なくできていた。

 こうした障害者学校に非障害者が通うというような体制をとるのは、私立の学校経営にとって利点があるからでもある。そのひとつに、確実な運営資金の確保がある。学校の収入源は生徒からの授業料であるが、この学校にはシスターや神父の援助によっ
てカメルーン各地からやって来た地方の(金銭に余裕のない)障害をもつ児童が数多く通っており、こうした生徒たちの費用(授業料と寄宿費)のねん出が大きな問題となっている。だからこそ、障害の有無にかかわらず児童を集めて、教育を提供し、収入を増やすことが重要となっている。近所から通う子どもの親達も、安心できるキリスト教系の学校に通わせることを望んでいる。つまりは、共に学ぶことが「理に適っ(reasonable)」ているのだ。

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写真 視覚障害者学級の授業風景。視覚障害をもつ子ども達が点字を使い、近所に住む子どもたちと一緒になって授業を受けている。

 カメルーンは障害者へのサービスが充実しているわけではなく、日本以上に多くの問題を抱えている。それでも、共生するためのヒントがここにはあるように私には思える。