新連載

【新連載】3回シリーズ(2)

「人に優しく、自分に厳しく」考

佛教大学 教育学部 講師  臼井 奈緒

 人はそれぞれ、生きていく上で大切にしている言葉があると思います。それは“座右の銘”と呼ばれるような、その人の生き方や戒め、モットーを表すような言葉の場合もあるでしょうし、日常生活や読書の中で出会った、心に残る言葉の場合もあるでしょう。私はいつからか、それらの言葉を心に留めておくため、すてきな言葉を「採集帳」に記録するようにしています。

そこには特に子育て期や子どもにかかわる場面での、たくさんの忘れがたい言葉が記録されています。その中で、今回は私の大切にしている言葉にまつわるエピソードをご紹介したいと思います。

 私が自分に課している座右の銘は「人に優しく、自分に厳しく」です。いつごろからか、このような生き様が自分にとって最も理想とする姿であり、そうありたいと願ってきた言葉です。しかし、自分自身を律する厳しさを、時として他者にも求めてしまうこともありました。大学生の頃、アルバイトで家庭教師をしていた折、教えていた小学5 年生の女の子に勉強を頑張ってもらいたいという激励の意を込めてこの言葉をかけたところ、「どうして人に優しく、自分に優しくだったらだめなの? 私、みんなにも自分にも優しいのがいいと思う!」という想定外の答えが返ってきました。

キラキラした目で訴えたその子に私は「そっか、それもいいかもね」と妙に納得させられて、返す言葉も見つからなかった記憶が今も鮮やかに残っています。幸福感や優しさに溢れた彼女の性格は、彼女の生い立ちや家庭環境から醸成された彼女固有のものであり、彼女の生き方の道標は彼女自身が決めていくものだということを思い知った出来事でした。教育者を目指していた大学生の私が、自分の理想を押し付けようとしてしまったこの一件は、今も自分への戒めとして事あるごとに思い出しています。この時から私の座右の銘は「人に優しく、自分に厳しく。でももし自分にも優しくしたいという人がいれば、それもいいと思います」と、少し長くなりました。

 そして次はこの言葉にまつわる少々恨みがましいエピソードですがご容赦を。娘が4歳の頃、お世話になっていた保育園に仕事を終え、お迎えに行った際に、若い担任の先生からかけられたのがこの一言:「M ちゃんって、“人に厳しく、自分に優しい”ですよね~」。
娘がそう言われるような言動をしていたことも容易に想像はできたのですが、そうは言っても自分の大切にしている言葉の真逆の表現で我が子を形容されたショックは大きく、言い得て妙だと感心して笑えるほどの心の余裕もなく、失笑を残してその場を後にしました。

先生に一切悪気はなく、軽い気持ちで発せられた一言だと思うのですが、先生が発する言葉の重みを痛感させられた出来事で、10 年たった今でも苦々しい思い出として記憶されています。

 そもそも“人に優しく、自分に厳しい”幼児っているのでしょうか? この先生は3 歳児の本来の姿をどのように捉えておられたのでしょうか? いろいろ疑問の残る出来事でしたが、この一件からも大切なことを学びました。採集帳より自戒の念を込めて引用:「子どもたちのことをよく分かっている先生だからこそ、その子のことをうまく伝える言葉を、いや、うまく伝えられなくてもせめて真意の伝わる誠実な言葉を注意深く選び、その子の個性と思いを尊重しながら健やかな育ちを願う言葉をかけていきたい。」