新連載

【新連載】4 回シリーズ(2)

ツシマヤマネコの生息域外保全

京都市動物園 園長    坂本 英房

 京都市動物園では、令和2 年に定めた「動物福祉に関する指針」に基づいて飼育する動物が幸せに暮らせるように飼育担当者と獣医師、研究員という立場が違う職員が共同して動物福祉の向上に努めています。

 京都市動物園の正面エントランスを入ってすぐにある施設で展示しているツシマヤマネコ。国内では長崎県の対馬にだけ生息する野生のネコの仲間で、哺乳類では、絶滅に最も近い動物の1 つです。東南アジアから中国、朝鮮半島に広く分布しているベンガルヤマネコの亜種とされ、約10 万年前に当時陸続きだった大陸から渡ってきたと考えられています。生息に適した環境の減少や交通事故などで生息数が減少し、2010 年代後半の調査によれば、対馬における生息数は約100 頭または約90 頭と推定されています。1971 年に国の天然記念物に、1994 年に「絶滅の恐れのある野生動植物の種の保存に関する法律」いわゆる「種の保存法」に基づいて国内希少野生動物種に指定されました。環境省レッドリスト2020 では、近い将来に野生での絶滅の危険性が極めて高い絶滅危惧IA 類に分類されています。
ツシマヤマネコを絶滅から守るにはふたつの方法があります。ひとつは対馬の自然の中で安定して暮らせるように環境を整えて数を増やす「生息域内保全」です。もうひとつは動物園など対馬以外の安全な施設で育てて増やす「生息域外保全」です。

 対馬では、対馬野生生物保護センターが拠点となって、生息状況や生態の調査・研究、保護されたヤマネコを野生に返すための治療やリハビリ、地元ボランティアや企業と協力し、ツシマヤマネコと共生する地域社会づくりなどヤマネコが暮らしやすい環境づくりの取組が行われています。

 動物園では、公益社団法人日本動物園水族館協会の生物多様性委員会を中心に京都市動物園を含め10 園が協力してふたつのことに取り組んでいます。ひとつは動物園で数をふやすことで、動物園で生まれたツシマヤマネコを、対馬の環境が整い自然の状態で安定して暮らしていけるようになったときに、野生復帰個体として対馬に送り出すことが期待されています。また、複数の動物園で飼育することは、生息地で災害や感染症の発生など大きな問題が生じたときに、絶滅を防ぐ目的もあります。もうひとつはツシマヤマネコのことを、動物園を訪れる多くの人に知ってもらうことです。多くが民有地で暮らしているツシマヤマネコを守るためには、多くのみなさんの理解と協力が必要です。ツシマヤマネコがおかれている厳しい現状や、対馬のすばらしい自然環境などについて知ってもらうためには、実際にツシマヤマネコを見て、身近に感じてもらうことも大切だと考えています。

 京都市動物園では、2012 年から1 頭の繁殖適齢期を過ぎた個体の展示を開始し、2015 年からは非公開の繁殖施設で3 頭のツシマヤマネコを飼育し次繁殖に取組んでいます。2017 年には2 頭の赤ちゃんが誕生し、そのうちの1 頭は父親になりました。

 動物園で暮らすツシマヤマネコたちが、野生復帰も含めて対馬の個体群を支え、ツシマヤマネコが希少動物ではなく対馬で人と共に普通に暮らしていける日が来ることを心から願っています。