【新連載】しなやかに応じる 4 回シリーズ(2)
京都教育大学 教育学部幼児教育科 教 授 古賀 松香
一人ひとりの子どもの今の思いに応じることは、言 うまでもなく大切なことです。子どもは、その子なり に周囲の事柄を感じ取り、関わってみるなかで、こう したい、ああしたらどうかなと思いを膨らませます。 思いの表現はその時々、一人ひとり異なるので、保育 者は行為としての表れに子どもの思いを感じ取ろうと し、推測しながら試行錯誤的に関わっていきます。つまり、子どもの思いの表現も、読み取る保育者もそれ ぞれなので、「一人ひとりに応じる」実態にはかなり のバリエーションがありうるわけです。
あるとき伺った園の 3 歳児たちと保育者はこんなふ うでした(名前はすべて仮名)。年度の後半の園生活、 3 歳児たちも安定し、さまざまな場所で遊びが展開し ていました。担任保育者はそこここで子どもと遊びな がら、必要なところを支え、楽しく展開し始めたらま た次の遊びへ、という援助を行っているようでした。 そんな中、担任が廊下を歩いていると、3 歳児のはる ちゃんが「鶴折って」と言ってきました。担任は「鶴? 鶴って難しいよね」と歩きながら話し、ちょうどそこ を通りかかった用務員の澤さんに「澤さん、鶴折れ る?」と声をかけました。すると、「昔は折れたけど、 今も折れるかなあ」と澤さん。はるちゃんは担任と澤 さんの会話の行方を聞いています。担任は「大丈夫! 絶対できるよ!」と澤さんを 3 歳児の保育室に招き入 れます。折り紙を机の上に出し、澤さんを 3 歳児用の小さな椅子に座らせて、「はい、どうぞ、お願いしま ーす」と笑顔で頼みました。はるちゃんも担任も椅子 に座り、澤さんと折り紙の様子を見ます。担任は「思 い出して!絶対できる!」と笑顔で励まします。その 楽しそうな雰囲気を感じ、机の周りに 3 歳児たちが集 まってきます。澤さんは「昔は折れたんだけど」と言 いながら、折り始めます。すると 3 歳児たちは澤さん の応援をし始めました。「昔を思い出すんだ!」「自信 を持てばできる!」とあちこちから面白い応援が飛ん できて、澤さんの折り鶴遊びは、一緒に楽しむ観衆た ちによって盛り上がっていきました。その盛り上がり の中で、担任はスッと立ち上がり、他の遊びの援助に 移っていきました。
鶴折ってと言ってきたはるちゃんの思いに、担任は どう応じるか、瞬時に判断していました。はるちゃん はなぜ鶴を折ってほしいのか、それで何がしたいのか は判然としませんが、鶴を折ってほしいという願いは 明快です。担任との関係も安定している時期に、鶴を 折るのは担任でなくてはならないか。担任がそのまま 受けとめるのではなく、鶴を折ることは叶えながら、 広がりのある展開はできないか。観ていた私は、この 展開を相当な変化球に感じましたが、子どもも澤さん も鶴を折る時間を楽しみ、一方の担任は共に楽しみな がらもクラス全体の子どもの援助を可能にしていまし た。子どもの思いに応じる保育者のしなやかな豊かさ に感嘆した一場面でした。