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【新連載】3回シリーズ(1)

 保育者の専門性について問う
─書くことの意味─

金沢星稜大学 福井 逸子

 私は、兵庫県内で13 年間幼稚園教諭を務めた経験を基に、大学院で保育に関する学びを深めました。現在は、その研究成果を現場に還元しつつ、石川県で保育者養成に尽力しております。今回から3回に渡り、先生方と共に「保育者の専門性」とは何かを考えていきたいと思います。

 昨今、保育現場では、「保育者としての専門性の向上を目指し、研鑽すること」が求められています。文部科学省が平成14 年に発表した「幼稚園教員の資質向上に関する調査研究報告書」では、求められる専門性として、幼児を理解し総合的に指導する力、具体的に保育を構想する力、実践力、教員集団の協働性、特別な配慮を要する幼児への対応力、小学校や保育所との連携を推進する力、保護者及び地域社会との関係構築力、管理職のリ
ーダーシップ、人権に対する理解など、多岐に示されています。いずれにおいても大切なことは、「自ら学ぶ姿勢」です。

 実際、日々の保育の中で、これらの専門性を高めて実践していくには、相当な自覚と緻密な計画性が必要となります。先ずは、保育者が個々の課題から打ち出した一つの達成目標に向かって進んでいく行為を積み重ねる必要であると考えます。それが、やがては個々の、また園全体の専門性の向上に繋がっていくのではないでしょうか。

 そこで、今回私は、保育者の専門性の一つとして「記述力」に着目しました。保育現場では、子どもの育ちを理解し解釈するため、また、保護者との情報を共有するために、日々の保育を振り返り、記録を書き留める行為が必須となります。さらに、その記録を基に、指導計画や指導要録の作成を行うなど、書くという作業から逃れることはできません。

 しかし、ある保育者から「最近の現場は、書類ばかりが増えて、まるで書き物地獄のようです」との言葉を聞きました。ここには、保育者が書くことばかりに捕らわれ、ゆとりを失っている現状が伺えます。改めて、「書くという作業は、誰のためのものか」を再考する必要があるのではないでしょうか。「書くこと」は、目の前の子ども達と自分自身のかかわりや専門性の向上に繋がり得るものです。文科省が挙げている上記の専門性のうち、幼児理解や保育の実践力、保護者支援など多くの項目にも、原点には保育者の「書く」という作業があると考えます。つまり、保育は、書くことから始まると言っても過言ではないのです。

 しかしながら、現場からは、何をどのように書けば良いのか、具体的にどの場面を描くのか等、自らの保育を上手く言語化できず苦慮しているとの悩みが多く聞かれます。このような時、私は「個々の主観であっても、描かれた記録は、保育者の様々な感性が散りばめられた素敵なものなのです」と励まします。先生方も、書くということに躊躇しないで、それを楽しむゆとりも持っていただきたいと思います。そうなるために、私たち養成校教員も学生の指導だけでなく、現場と協同して「記録を書く」ことについての研究を続けていきたいと考えています。

【新連載】3回シリーズ(3)

こどもたちのための遊具制作

京都聖母女学院短期大学 准教授 山成 昭世

 京都聖母女学院短期大学・児童教育学科は1968 年に幼稚園教諭、小学校教諭の教員養成校として設立され、2000
年に保育資格が取得できる養成校となりました。
美術研究室主催の卒業作品展「こどもたちのための遊具」は1978 年にはじまり、2018 年には40 回を迎えます。これまでに制作された遊具総数は約1200 余点。遊具制作に関わった学生は4800 余名になり京都聖母女学院短期大学・児童教育学科の特色ある取り組みとなっています。本学の卒業作品展に足を運んでいただいた幼稚園の先生方も多いと思います。

 「こどもたちのための遊具」制作を行うに至った経緯は、2回生も後期になると必要単位を履修し、学生生活にもゆとりは出てきますが保育者を目指すモチベーションまでが低下する様子が伺えました。当時の研究室教員メンバーが、このような学生の現状を危惧して児童教育学科で学んだ2年間の学びの総まとめとして、こどもの視点に立った「こどもたちのための遊具」を造形表現してはどうかと提案され取り組むことになりました。

 遊具制作の目的は「造形教育を通して単に美術作品を創造するだけでなく、人間的に豊かで、想像力に富む教員を養成する。」「造形教育によって思考力、計画力、実践実行力、コミュニケーション力を養うと共に、問題に直面したときに見通しを立てて課題を解決できる保育者、小学校教員を養成する。」とし、本学の養成校としての造形教育の総まとめとして実施されてきました。

 遊具制作は木工制作を主としますが、学生の造形したいイメージに沿って樹脂や布も取り入れた指導をします。「図画工作2」小学校・幼稚園・保育士の免許選択必修科目で行い15 回授業(1 回90 分)で完成させ、卒業作品展「こどもたちのための遊具」として学外に作品発表する機会を設けます。児童教育学科卒業生がほぼ全員遊具制作に携わり、全国の養成校中でも稀な取り組みとして新聞にも数回紹介されました。
40年間継続する中で実施形態に変化もありましたが、目的は変わることなく受け継がれています。
遊具制作のポイントは、こどもの心身の発達や運動能力を考えられているか、グループ(4 ~ 5 名)で協力して制作に臨んでいるか、安全性を考慮した遊具であるかが指導上の大きな課題となります。

 短期大学養成課程では2 年間で保育者としての指導力を身に付け、幼児の造形表現の指導法など専門教育が多く求められています。学生の遊具制作は完成近い約1 ヶ月間は制作に明け暮れると言う日々を過ごします。その時間は造形表現を通して学生に内的考察を促す時間となり、グループ内での衝突や、他者と協調、協力することの大切さを学ぶ時間となります。更に遊具を完成させた時の達成感が自己肯定感へと繋がり自信となったことが学生の書き記した「制作ノート」の感想から伺えます。

 学生気質や保育職に対する意識など40 年間の歳月で変化したものは多くあります。しかし、卒業制作の目的「造形
教育を通して単に美術作品を創造するだけでなく、人間的に豊かで、想像力に富む教員を養成する。」などは変わることなく本学の伝統として受け継がれています。遊具制作も母親から娘世代へバトンタッチされ学生から「お母さんも卒業制作で遊具を作りました。」との声を聞きます。世代は変わってもその伝統が「質の高い保育者養成の一端を担いっている。」という自負を持ちこれからも養成校の大切な学習の柱として造形教育を続けていきたいと考えています。

【新連載】3回シリーズ(2)

絵の具やパスを使って

京都聖母女学院短期大学 准教授 山成 昭世

 私は長い間、具象形態を塑像で作品制作しています。簡単に言いますと見たものを、心にあるものを粘土を使って立体作品へと仕上げていくことです。方法は芯棒を組み立て粘土でモデルの人体構造や、動き、量感を肉付け造形します。このような塑像の技法で作品制作している有名な芸術家はロダンがあげられます。京都国立博物館にある「考える人」は塑像制作された作品をブロンズに置き換えて造形されたものです。原型があれば複製が可能なので世界中に「考える人」は点在します。私の塑像制作への道は、京都芸術大学名誉教授・故山本恪二先生のアトリエに入門し彫塑の勉強をしたことに始まります。鉛筆デッサンが苦手な私に「粘土でデッサンすればいい」とアドバイスしてくださり、その一言が私の苦手意識を払拭し一層、粘土という素材に親近感を抱き塑像制作に打ち込むようになりました。粘土でモデリングしモデルの動静や生き生きとした生命感が表すことができ粘土でデッサンすることはこのようなことなのか理解することができました。

 自分自身の幼児期の原体験を振り返ると常に土に触れて遊んでいた記憶があります。作ったものを先生がたいへん褒めてくれ、土だんごや紐作りで偶然できた形からイメージが湧き見立て遊びをし、形を発見した時の喜びや充実感は大きいものでした。土を触っていると「親水感」や「親和感」が得られ落ち着いた態度と穏やかな気持ちで、時間を忘れ土遊びに没頭していました。太古から土は人々の生活と共にあり人が火を手に入れたことで粘土の造形物は存在し発展しました。土で造形された最初のビーナスは紀元前6000 年前に造られたとされバルカン地方で発掘されました。その造形表現は乳房や臀部が誇張され豊穣多産を願う人々の強い思いを現代の私たちに伝えています。太古の人々が土から生命感やエネルギーを感じる思いが私の造形活動の柱であり、よりどころとなっていると強く感じます。

 土の第一の特徴である可塑性は変形しやすい性質、元に形の戻らない性質を言います。真逆に元にもどる性質を弾性と言います。幼児にとって粘土遊びは自分の思いのままに形を作っては壊し、また作り直すことができる安心できる素材と言えるでしょう。幼稚園教諭によると何を教えて良いかわからない。また、粘土は準備や後始末が煩雑で扱い方が面倒で敬遠する傾向にあるとの事を聞きました。そこで、幼稚園児を招いて、本学で「粘土の造形遊び」を実践しました。実践では普段園児が手にしたことのないような大量の粘土を渡します。粘土の塊を糸で切断しそのなめらかな切り口を楽しんだ後は、団子作りや紐作りにはじまりそれらを繋いで「積む・つなげる・並べる」の活動がはじまります。隣の友だちと紐がくっついたり離れたりしながらそれらの遊びが発展し子どもたちが主体的に周囲と関わり目を向けて粘土の造形活動が展開していきます。ある園児が粘土の上を飛び跳ねていてその様子を見ていた他の園児たちも同じように粘土の上を飛び跳ね遊びの連鎖が起こりました。圧縮されて伸びた粘土は密度が細かく重なりより強くなります。その粘土を使って新たな造形活動が展開していきます。粘土は子どもが思ったように姿を変えます。これこそ可塑性と言う大きな特徴です。

 保育者研修で粘土造形の連続講習を担当していますが、参加した保育者の報告には「子どもの心情、意欲、態度、思いに寄り添う、共感するということが粘土造形を体験して理解できた。一番の成果は子どもと同じ立場に立ってその思いを感じた。」とありました。また、「楽しそうだからやってみたいという意欲、作品作りに没頭した集中力、自分のイメージに通りの表現法を見出した時の喜び、作品が出来上がるまでの期待感、そして完成した時の達成感。そのような感情こそが保育に大切なものと感じた。さらに、言葉ではなく心で理解する。心が育つ、心を育てることがこの研修会で理解できた。」と述べられていました。幼稚園教育の現場で働く皆さんも、土に触れ園児と共に思う存分粘土遊びを楽しんで欲しいと願っています。

【新連載】3回シリーズ(1)

絵の具やパスを使って

京都聖母女学院短期大学 准教授 山成 昭世

 本学の美術科授業では保育や教育現場で日常よく使用されている絵の具やパスを使ったさまざまな表現技術を習得し体験する授業を設けています。学生の中には「小さいころから思ったように上手く描けない」など造形表現に苦手意識を持ち、積極的になれず周りの目を気にして萎縮した態度で課題に臨む学生が多くいます。私は保育者や教育者を目指す学生が消極的な態度で苦手意識を抱えたまま、保育の場で造形指導に臨むことは避けたいと常々思っています。言葉による自己表現がまだまだ拙い子どもは絵や形に表したり、音やリズムに身体全体を使って何かを表そうとします。その思いを受け止め、子どもと共感できる保育者を育成したいと考えています。授業は具体物をそのままに書き写すのではなく、絵の具やパスを使ったさまざまな技法による表現を体験し、偶然できた色や形から意外性や面白さを感じ取り、思いがけない造形表現を発見する授業内容を取り入れています。絵の具やパスを使ったさまざまな技法をモダンテクニックと言い、小学校の「図画工作科」や幼稚園、保育園の造形指導でも多く取り上げられています。
 マックス・エルンストやジャクソン・ポロックなどの芸術家もさまざま技法を用いて作品を制作しています。シュルレアリスム作家を代表するマックス・エルンストはコラージュ(はり絵)やフロッタージュ(こすりだし)やドリッピング技法を用いて幻想的な作品を制作しました。エルンストにとってデカルコマニーやフロッタージュによる偶然の造形表現は想像力を刺激し創作に駆り立てイメージの源を与えるものでした。アクションペインティングを代表
するジャクソン・ポロックは、大きなキャンバスの上を筆を用いず絵の具を垂らしながら歩き回るドリッピング(drip)技法で、絵の具の重なり合った軌跡を表現し鑑賞者を圧倒しました。1950 年作「One(NO.31)」はポロックの代表作といえます。保育や教育の場でもよく使われているこれらの技法は、多くの芸術家も創作活動に取り入れており造形表現は広く深いと言えるでしょう。機会があれば是非、画集をご覧になってください。
 さまざまな技法を学ぶ授業は机上の作業に縛られず、一人ひとりの感性と身体全体の感覚を駆使しながら躍動感やリズム感を表現し新しい造形表現の発見になります。自らが体験することで全身を使った子どもの身体的リズムや感情表現と結びつき、子どもの自発的な造形活動を理解する手がかりとなっています。線を引いたり、点を打ったり、手で描いたり、見たままを描く緊張感から解放され、造形遊び的な活動を通して試行錯誤しながら表現する楽しさを味わえるように工夫しています。しかし、これらの技法表現は簡単に取り組むことができるが故に無意識に量産されて作品つくりの意識が低くなることは否めません。そこで瞬時の造形表現も時間をかけて取り組むように指導することで、画面構成や色調、リズム感、動静などが反映されテーマ性を帯びた作品となります
 授業アンケートからは「造形表現が深まり広がった。」「解放感がありのびのびと楽しく取り組めた。毎回わくわくした気持ちで活動したので、この気持ちを保育・教育の場で子どもと共有したい。」造形活動への意欲の高まり、さらに教育や保育現場での支援や環境設定や言葉かけにも意識が向き保育者としての気付きも伺うことができました。最終的に作品集としてまとめ作品を振り返ることで、「新しい表現に出会い、自分の作品を客観的に評価し自信が持てるようになった。自分の本ができたようで嬉しかった。」など達成感、自己肯定感が述べられていました。
この授業を通して自分が楽しんだ造形活動を子どもと共に実践し共感したいと意欲的に保育現場での造形活動を考える一助になったのではないかと思っています。

【新連載】4回シリーズ(4)

森のようちえんの世界的広がり

広島文教女子大学教授(人間科学部・初等教育学科) 杉山 浩之

 保育者(スタッフ)は、保育園・幼稚園の保育者を初めとして、キャンプ野外活動の指導者、小学校教員、森林関係の指導者、保護者など様々な出身からなる。無認可の場合、資格免許は必要とされてはいない。しかし当然、保育者としての感性や野外活動・自然についての基礎的な知識は必要である。それは一つの園で全員が持っている必要はなく、保育者が協働で得意分野や苦手分野を支え合いながら子どもたちの成長を見守っている。

 森のようちえんでは、保育者は積極的な関わりや声かけはしない。安全性の確保に関しても例外でなく、前もって安全のためのルールを子どもたちは覚えている。相当な危険な場所は、初めから遊び場として排除されている。ルールを守れば安全性が確保される環境が中心とはいえ、草むらに入れば蛇がいる可能性はある。しかし、前もって下見して、まむしなど毒蛇がいるような場所は出来るだけ避ける。深い池があるような環境であるとか、落ちれば命に関わるような崖がある環境などは適当な場所ではない。植物の漆(かぶれの木)やマムシ草が生える場所は自然環境では至る所にあるので、そのような場所では子どもたちに毒性のある植物は触れないことを教えておく。木の実に関し
ても、食べてよいものと食べてはいけないものとがあるので、自然状態に応じて決めるが、似ている木の実があるときなどはすべて禁止することが安全である。
ジュースや飴などは蜂を誘うので、森の中には持って来ないようなルールも必要である。安全性確保のための、服装があり、長袖長ズボンは夏でも同じである。胸元や足首の露出は危険である。それも環境によって柔軟に対応することが基本であろう。

 日本の森のようちえんでは、森に傾斜のある場合が多く、そこには小川や渓流がある。保育環境に水があることは活動の幅を広げる。水の中には生物が棲息し、生命活動がある。きれいな石があり、植物も育っている。
さらに日本では森に針葉樹や広葉樹など多様な樹木があり、食べられる木の実や果物も豊富にある。可能な食べものを見分け、調達する力も生きる力として大切である。

 多様な経歴を持つ保育者がいることは子どもにも良い刺激となる。生物多様性は種の保存を支える条件となる。人間組織の場合も同様のことが言える。保育者の特技や感性・考え方が多様であることは保育の豊かさを保障する。

 森のようちえんでは、森や里山など自然環境を中心にした野外保育が行われる。森や里山には、不思議で感動を与える自然の事象があふれている。そこでは、子ども一人ひとりが自分のペースで興味・関心のある事象にかかわることを通して、自己発揮を遂げ、遊びこんでいく。さらに、豊かな自然の中で好奇心を満たされて、仲間ととともに遊びを深めた満足感や達成感を味わいながら、子どもたちは遊びきっていく。保育者は自然環境の豊かさを十分に生かし、子どもたちが異年齢交流しながら、仲間とともに協同して遊びを創造したり工夫したりすることを援助する。森のようちえんの子どもたちは、豊かで不思議に満ちた自然環境の中で遊びきることを通して、健康な身体、豊かな人間性、学びの基礎を培い、仲間との遊びを通して思いやりや探究心が育ち、生きる力の基礎を身につけていく。

【新連載】4回シリーズ(3)

森のようちえんの世界的広がり

広島文教女子大学教授(人間科学部・初等教育学科) 杉山 浩之

朝の会が終わると子どもたちは目的の場所まで走ったり、ゆっくりと道草したり、それぞれの自分のペースだったり仲間と一緒だったりする。6 人に1人程度のスタッフ(保育者)は先頭付近と後尾付近を子どもと共に歩んでいく。

 子どもの遊びにはいろんな活動がある。季節の草花の造形、お店屋さんごっこを初めとしたごっこ遊び、鬼ごこ、川遊び、小動物を見つける遊び、木登り、ツリーハウス造り、ターザンごっこ、野菜栽培や収穫・調理、薪割りや焚き付けなどなど。すべて生の自然から創り出す遊びの生活である。

 身体の爆発的な成長期でもある幼児期は、体力の限界に挑戦するような急な山道登りも達成感や冒険心を味わう活動として好まれる。身体面の発達と精神面の発達が重なった時、子どもは大きく成長する。帰りの会では、一日の活動の振り返り、歌、読み聞かせなどが行われる。最後に、森にあいさつして、森を後にする。

 保護者は、森のようちえんに様々な思いや期待を込めて子どもを預ける。認可外の森のようちえんに子どもを預ける保護者は、子ども時代の自然体験の良さを知っている場合が多い。子どもの教育だけでなく、生活スタイルも自然を大切にし、食生活を初めとする衣食住に拘る保護者もいる。

 自立した子どもを育てるためには、保育者の援助は控えめがふさわしい。積極的に手伝う、助けるという行為は自立を遅らせるからである。転んで泣いても、近づいて、慰める必要はない。褒める、叱るもしてはいけないわけではないが、余計なお節介は必要ない。ただし、一人ひとりの発達を見極め、必要に応じて、自己肯定感を高めたり、自
惚れを戒めたりするような関わりを行うことは大切なことである。ナイフやノコギリ、鉈も徐々に使えるようになる。マッチで火をつけることも覚えていく。かつての子どもたちがしていたように、遊ぶ道具を自然から調達し、自分で作る。自然の中で生きるための技術と知恵も身につけていく。自分で食べるものを自分で調理する経験も必要で
ある。森のようちえんでは「木登り」もよく行われる。昔は子どもの遊びとしてよく見られたが、最近は木登りする子どもは見かけない。木登りは腕や足だけでなく、恐怖心を克服する勇気や登り方を工夫する前頭葉の知的活動である。年少児は、初めは年長児の登る様子をじっと見ているが、やがて身体が大きくなり登れる日がやって来る。精神的にも大きくなる契機となる。

 森のようちえんは森が活動の中心であるが、地域で暮らす人々と交流し、社会生活も体験する。高齢者と子どもの生きるリズムが合い、お互いに求め合うということもある。里山保育がそれを可能にし、地域の伝統も継承される。

【新連載】4回シリーズ(2)

森のようちえんの世界的広がり

広島文教女子大学教授(人間科学部・初等教育学科) 杉山 浩之

日本の森のようちえんは、無認可つまり法的な保障がなく、運営費用は保育料のみに頼っている。それにもかかわらず、2010 年代以降、週一回のお散歩保育から週三日、やがて毎日型の森のようちえんへと普及拡大している。とはいえ、その数は三ケタになったばかりである。未満児の親子組クラスもある。その背景には、私たちの生活が自然から遠ざかり、子どもたちの遊びも屋外から屋内へとシフトし、いわゆる携帯型ゲーム等の個別型の遊びが流行していることから、子どもの教育環境への危機意識があること、さらには、学びあう教育から一方的に教える教育が幼児教育の現場にも浸透したり、学力に繋がる早期教育が就学前の子どもたちに拡大していることなどがある。自然が失われた大都市から自然豊かな地方へ移住し、子育てをするという動きともリンクしている。

 その先導役を果たしている一つが、鳥取・智頭町にある森のようちえん「まるたんぼう」および「杉ぼっくり」である。ここには、森のようちえんで子育てをしようと関西はもちろん沖縄・福島など全国からの移住者が来ている。日本の森のようちえんは、世界でも珍しく無認可・補助金なしで運営されているが、例外がある。それが森のようちえん認証制度を県条例(2015年)で定めた鳥取県である。県から1/4、市町村1/4、保護者の保育料1/2という基準で運営費が決められている。智頭町を始め、鳥取市、倉吉市、伯耆町などで、20 人前後、3歳から5歳の異年齢の子どもたちが集まり、毎日森の中で遊んで過ごしている。スタート時点では六園(二園が智頭町にある)認証されている。鳥取ではさらに開園する動きがある。そして認証制度が始まった後も主催者会議で実態や課題を交流
し改善策を検討している。

 国内では、長野県において最も多くの森のようちえん(16 園)が運営されており、森のようちえんを支援する組織として「信州型自然保育認証制度」が2015 年度に始まった。そこでは、一般の保育園や幼稚園も加盟して、自然保育の質保障ということをスローガンに事例を集め、保育研究が推進されている。その他、三重県、岐阜県などにおいても行政の支援が始まろうとしている。

 森のようちえんの一日は、午前十時ごろから午後二時ごろまでの四時間が平均的である。その間に昼食(子どもたちが相談して始まる)が入る。活動の始まりと終わりには、必ず朝の会と帰りの会が行われる。

 朝の会のプログラムが園により多少異なるが、園独自な歌から始めることも多い。手遊びや身体表現もよく行われる。そして健康観察と点呼があり、子どもたちは森の入り口で大きな声を出し、森にあいさつし、元気さをアピールする。最後に今日の遊びや活動、そして森の遊びのルールが確認される。棒を人に向けない、大人が見えないところや声の届かない所には行かない、友だちを押さないなど安全に関わることが多い。安全確保は、スタッフと子どもとで確保され、認証制度は1 人以上いる有資格者を信頼する。

【新連載】4回シリーズ(1)

森のようちえんの世界的広がり

広島文教女子大学教授(人間科学部・初等教育学科) 杉山 浩之

 人間は自然の中で生命を継承し、自然を活用し文化を発展させた。人間は自然によって生かされ、生き方を学ぶ存在である。森のようちえんにおいて大人(スタッフ、保育者)は自然の中で主体的かつ協働的に遊び成長する子ども(3 ~ 6 歳)を見守る。一般の保育と同じように幼児の発達課題を洞察し、必要な関わりはするが、好奇心を否応なく刺激する自然の中、大人が自然と子どもの間に介入し興味関心に応じて働きかけることには限界があり、邪魔にもなりかねない。森のようちえんでは自然も教師である。
 質の高い保育のための見守り保育は、必ずしも子どもの活動を成功や達成に効率的に導くとは限らない。自分の力で解決したことを子どもは決して忘れることはなく、生きる力を身につけていくのである。例えば、自然環境を初めに設定するのは大人であるが、当日の天候から、どこの森や自然を選択するかは、朝の子どもたちの主体的な話し合いに任されている。

 「森のようちえん(Forest Kidergarten)」は北欧のデンマークで発祥したと言われているが、スウェーデンにおいても自然の中での保育は以前から行われていた。幼稚園の創始者と言われるフレーベルも森の入り口に園舎を立て、自然の教育力を認識していた。

 デンマークでは20 世紀半ば、既存の保育に魅力を感じなかった母親たちが森の中で保育を始めた。この毎日型の森のようちえんは、20 世紀の後半から今世紀にかけて隣のドイツや韓国など、そして日本へ波及した。しかし、日本の森のようちえんは無認可の保育である。国の法律には幼稚園設置基準があるが、園舎など適合しない部分が多く、幼稚園として認可されていない。これは、世界的に見れば異例なことである。デンマークの私立園は、大型バスが移動兼保育室として認められ、園舎の形に拘ることはない。国が定めた保育内容の基準を満たす保育をしていれば有資格者の専門性を信頼して、人件費等の補助金が交付されている。ドイツの場合も森の中にバウ
ワーゲンという貨物列車の車両風の小屋や劇団から譲り受けた移動式小屋などが設置されている。いずれの国も森での保育の後も預かり保育を行う園では園舎を持っている。

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 森林教育の活性化法を整備し、幼児教育から大学教育まで野外で自然教育を普及する教育政策が始めた韓国の森のようちえんの場合は、森組が一般的な幼稚園の中に設置され、週に三日以上野外保育を行うタイプがあり、希望者全員が入れないほど人気である。毎日型の森のようちえんも当然あり、例えばソウル市内の南山公園などで活動している。韓国は、日本と同様、知的に偏った早期教育が流行し、外国語教育や受験中心教育の勢いが激しく、青少年の不登校、落ちこぼれ、引きこもりなどの問題が深刻化し、この精神的な問題を解決するために森林教育が導入された。カナダ、オーストラリア、アメリカ合衆国などでも野外保育(Outdoor Preschool)という名称のもと、自然保育が積極的に行われている。オーストラリアなどでは、環境教育を意識した野外保育が流行している。

 近代文明が発達し、人間は益々、自然から遠ざかりつつある。大人は偶に大自然に帰れば心身がリフレッシュして人間性を回復したり疲れを癒されたりするが、五感の敏感期にいる幼児は、この時期に十分に自然体験を積み重ねておくべきであろう。

【新連載】4回シリーズ(4)

子どもを見る目 その4
~戦時下の倉橋惣三~

立教女学院短期大学 幼児教育科 准教授 高瀬 幸恵

 前回は倉橋惣三の思想を取り上げ、彼の“子どもを見る目”について考えました。では、戦時下においてはどうであったか、ということを今回のテーマとしたいと思います。

 当時、多くの幼稚園では戦争を題材とする教材が扱われ、天皇や国家への忠誠心を育成する教育方針が取り入れられていました。では、倉橋はこの頃どのような考えを持っていたのでしょうか。ここでは、1942 年発行の『幼児の教育』(第42号、第8・9号)に掲載された倉橋の講義内容である「現時局下に於ける幼児教育」から当時の考えに迫ってみましょう。

 この頃、日本は太平洋戦争の真っ只中にあり、物的・人的資源を戦争遂行のために統制する国家総動員体制下にあ
りました。子どもは人口政策の観点から重要視される人的資源とみなされました。当時の厚生省は、10 人以上の子ど
もを持つ「優良多子家庭」に対して「国本ノ培養ニ資スル」として表彰していたほどです。

 この時代状況における子どもについて、倉橋は次のように述べています。「現時局下とは、日本が大きい戦争と大きい建設とを同時にしている時です。しかもそれが、長期に亙るべき戦争であり、建設であり、従って我等のあの可愛いゝ子供達に荷って貰はねばならぬ戦争であり、建設であるのです。」建設とは、「大東亜共栄圏」の建設のことで、つまり日本によるアジアの植民地化を進める考えを指します。子どもたちは将来、戦争と植民地支配の任にあたる人材として倉橋に認識されています。では、保育が目指す方針についてはどうでしょうか。「その第一は子供達にしっかりと皇民教育をすること」、「皇民的性格を養ふこと」、つまり、天皇への忠誠心を持つための教育を目指すべきだと唱えたのです。

 倉橋は、「彼等〔子ども達〕も皇民精神の最も熱い風、強い波に毎日ひしひしと押されている。即ち今日に生きる事によって幼児達も皇民精神を一杯に享け与へられている」と述べ、普段の生活のなかで「皇民精神」の育成がなされていると言います。こうした普段の生活に加えて幼児教育においても、「先ず皇国に対する感謝教育、歓喜教育が与へられなければならない」と言うのです。つまり、日本の国に生まれた喜び、天皇の威光の下に生まれた有難さを感じる歓喜を幼稚園で子どもに与えよう、ということです。

 倉橋は変わってしまったのでしょうか。そうではないと思います。少なくとも彼のなかで矛盾はなかったのでしょ
う。倉橋は子どもの実際の生活をそのままに、そこに幼稚園教育を順応させたいと考えていました。そうであれば、
総力戦体制にある社会のなかでの生活は戦時色に染まるのであり、それに幼稚園教育を順応させる、ということにな
ります。

 子どもの生活を重んじる児童中心主義の考えは、今日においても重要です。しかし、弱点もあったと言えるでしょう。子どもの生活の背景には、その時代の政治や社会があります。政治や社会に対する厳しい評価が欠如すると、生活を重んじる保育は、政治や社会の状況に応じてゆらゆらと揺れ動いてしまうのです。

 子どもを見る目は、子どものありのままの生活を大切にし、子どもの心のうちを見つめる、というだけでは不十分
なのかもしれません。保育者には子どもの生活の背景にある政治や社会を見極める目が必要だと言えるでしょう。保
育者は社会が子どもをどのように見ているかについても厳しいチェックをし、時にはそれに対してNoを唱える必要
があると思います。人口政策や人材育成・人材確保の観点から保育を考えることは、社会のなかで不可欠なことかも
しれません。しかし、国家が求める人材となることと、個人が幸せになるということは必ずしも一致しません。教育
や保育の任にあたる者は、第一に後者のために存在しているのではないでしょうか。戦時下日本の保育界と同じ轍を
踏まないよう気をつけなければなりません。

【新連載】4回シリーズ(3)

子どもを見る目 その3
~倉橋惣三の思想から~

立教女学院短期大学 幼児教育科 准教授 高瀬 幸恵

 日本の“幼児教育の父”とも呼ばれ、児童中心主義に基づく保育の発展に寄与した倉橋惣三はどのような目で子どもを見ていたのでしょうか。1926(大正15)年に出版された『幼稚園雑草』に収められている「かく育てたしと思うこと」と題された文章を頼りに考えていこうと思います。

 「かく育てたしと思うこと」とは、現代語に言い直すと「このように育てたいと思うこと」ということです。親は子どもに対して、将来このようになってほしいなどの期待を持つものです。例えば、「人に対して親切になってほしい」と親は期待をよせます。では、どうしたら親切さを養うことが出来るのでしょうか。

 倉橋は、第一に大人が子どもの好意を受け取ることが重要だと述べます。「第一に子供が好意を表する時に――たとえ、それがいかに小さな事であるにせよ、またその結果はかえって此方には迷惑な事になるにせよ、――取敢えず敏感にこれを受取ってやりたい」というのです。

 例えば、母親がしきりに何かを探している。子どもはそれを見て「きっと物差が御入用なのだろう」と思って物差を持っていく。すると母親はいらいらして「何だね、物差じゃない、鋏がいるのではないか」と怒鳴る。このような場面は現代の家庭生活のなかでも時々起こることかもしれません。しかし、これによって子どものやさしい心は折れて引っ込んでしまう。忙しければ忙しいなりに子どもの好意を受け取ってあげよう、というのが倉橋の考えです。

 第二に倉橋が挙げているのは、容赦することです。つまり、「許す」ということです。子どもが悪さをし後、罰を与えたり、叱ったりした後に「許す」ということは現代でも一般的になされていると思いますが、倉橋は、罰や叱ることなく子どもを許すことの尊さについて論じています。たとえば、遊戯室で子どもが遊んでいる時、許可なくピアノを弾いてはいけないのに、弾いてしまった。ちょうどそこへ先生がやってくる。子どもはハッと思ってピアノを弾くのをやめて先生を見る。「許可なくピアノを弾いてはいけないもの」ということをその子はよく承知しているのです。もうこの心持ちだけで、何も言わなくてもいい。黙って初めから許してあげたらどうでしょう、と倉橋は言います。悪いことをして罰なしに許された時に子どもの心に「美しいもの」が現れる。それは実に尊いものだ、というのです。

 つまり、倉橋の考えによれば、すべての人が自分に好意をもってくれる、容赦の世界に抱き包まれているという感覚が子どもの中に与えられることが重要なのです。

 倉橋のこのような教育論に対して全面的に頷けない方もおられるだろうと思いますが、現代に生きる私たちが学ぶべきこともあると思います。それは第一に、心の教育はまず大人が子どもの好意や内面を敏感に感じ取ることから始まり、それを伸ばすということに主眼を置かなければならないということです。大人が考える「親切とはこうあるべき」と教え込んでいく教育とは異なる方針です。

 第二に、この文章のタイトルは「かく育てたしと思うこと」ですが、内容を見ていくと、倉橋は大人が子どもにこうなって欲しい、例えば、将来は社会的地位の高い成功者になって欲しいなどの理想を持つことをたしなめているように思われます。人生にとって本当の幸福は社会的地位によって決まるわけではない。幸福な人間は、子ども時代を好意と容赦の間に保護されている世界で過ごし、大人になって実際の社会で失望や不平を感じても、他者からの好意を感じ取ることのできる人間だ、と倉橋は考えました。

 子どもにこうなって欲しいという大人の理想は、子どもを見る目を曇らせてしまうのかもしれません。子どもが幸福な人間へと成長していくためのサポートとは、子どものありのままを見つめ、それを受け止める大人の目を基本とするものなのでしょう。

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