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【新連載】3回シリーズ(2)

 タイムリーにつながっていく

皇學館大学 教育学部 准教授 山本 智子(上級教育カウンセラー・臨床発達心理士・学校心理士・ガイダンスカウンセラー)

 卒業生のAは,その後も新米教諭ながら誠実にB君と向き合っているようです。

子ども理解においては,アセスメントが重要だといわれますが,特別な空間で時間を切り取って行うアセスメントより,日常における気づきを精査してタイムリーな支援に生かすことがより重要です。Aは,B君が毎日下校前にすべての送迎バスに乗り込む点検行動を見守ることにしました。また,滑り台で突然逆走してしまうことや,友だちの使用している玩具を奪ってしまうことについても,「なぜ,Bはこのようなことをするのか。」と考えてみました。すると,興味関心がその一点に集中してしまい,他のことが全く抜け落ちてしまうということに気づきました。その状況を改善させるためには,B君だけでは抜け落ちてしまう部分をAが補っていくことが必要になります。
Aは,「B君,滑り台にはC,D,Eがいて順番に階段から上がって滑っているねぇ。」と言葉かけしながら滑り台でB君とみんなを出会わせ,順番に遊ぶことを見守りました。

自由遊びの時間には,園庭から戻ってきたB君に,それぞれの子どもが遊びたいものを選んで活動している様子を実況中継するように話しかけました。みんなの様子を見ながらじっと聞いていたB君は,D君の使っている玩具と同じものを探しはじめましたが見つかりませんでした。Aは,B君を促してD君の所に行き「同じ遊びがしたいので来たけどいい?」と声をかけました。するとB君はD君の返事を待っていました。Aには,B君が状況を理解できれば望ましい行動がとれるのではないかという仮説があったようです。

どんな支援も子ども本位のものでなければいけません。子どもの苦戦状況に対して隙間を作らない支援は子どもとの関係性を構築します。Aは,日々の対応を振り返り,B君が友だちと望ましいコミュニケーションを築くにはどうしたらよいかを常に考えていました。

どんな子どもも学びたい,育ちたいと思っている運動体です。大人の「あとでね」「ちょっと待ってね」は,チャンスを潰すことになります。コミュニケーションの場から離れた生活が続くと不適応を起こすしかありません。AがB君の気持ちに寄り添い、園という集団の中で必要な力を身につけていくことを応援したいと考えた背景には,タイムリーな支援を隙間なく適切に積み重ねることの大切さを教えてくださった園長先生や先輩の先生方のご指導があったようです。新任・中堅・ベテランとそれぞれが持つ強みを生かし,教諭も互いにタイムリーな会話でつながっていくことが,子どもたちとのタイムリーな関係構築の原動力になるのだと思います。

【新連載】3回シリーズ(1)

 子ども目線でつながっていく

皇學館大学 教育学部 准教授 山本 智子(上級教育カウンセラー・臨床発達心理士・学校心理士・ガイダンスカウンセラー)

 平成19 年度は,特別支援教育元年といわれています。特別支援教育は,その準備段階を含めると今年でおよ
そ20年が経ちます。障害に対する理解は,以前に比べ深まり広まったように思います。その中でも,幼稚園の先生方は,発達段階にあらわれる状態像と発達障害の特性が似通っていることもあり,気づきや対応では特別支援教育の最前線におられるといえます。この20年間の実践は尊いものだと思います。

 障害のある幼児は,自分の障害の特性について分析し理解することはできません。時には集団から離れて,なんだかわからないけれど「こうしたら落ち着く」ということをしてしまいます。また「我慢できない」「苦しい」「嫌だ」という気持ちを抱えきれなくて「やりたくない」「気が済むまでやめられない」という行動をしてしまいます。しかし一方,ネガティブな対応をされると,「大人はどうしてわかってくれないのだろう」と感じている一面もあります。

 先日,今春,幼稚園に就職した卒業生Aが,自分自身が苦戦状況にあることを伝えてきました。Aは,「加配として障害のある園児についているのですが,注意してばかりで。」といいます。五歳のB君は,廊下の棚に上ることが多く,主任の先生からは「やめさせなさい。」と言われているとのことでした。一方,B君からは,「前の担当の先生は,僕を叱ってばかりで幼稚園へ来るのが嫌だった。」ということを聞いているということでした。筆者は,棚に上がるだけではなくB君はもっと様々なことをしているのだろうと,想像しながらAに,B君が棚に上り下りする時,怪我をする危険があるのか,あなたはどのような指導がしたいのかを尋ねました。Aは,B君の行動は慣れたもので危険はないと理解していて,いつも上るわけではなく上らない時もあると気づいていました。しかし,初任者で自信のないAは,自分がどのように接していきたいかを言葉にすることができませんでした。

 B君がAに自分の気持ちを伝えていることから,B君がAを受け入れていることが伺えます。筆者は,先生方は,新任のAがB君とどのような関係性を築き指導していくのかを見守ってくださっているはずであることを伝え,自分の気持ちに蓋をしないで先生方に相談すること,子ども目線で状況を解釈することをアドバイスしました。 

 大人が「困ったなぁ。」と思う子どもは,実は,本人が一番困っていて,苦戦している子どもです。同じように,「しないのではなく,できない子。言わないのではなく,言えない子。」と考えると,子ども目線で子どもとつながる事はとても大切です。Aは,先生方に支えられ,B君とつながり共に成長していくのだと思います。

【新連載】3回シリーズ(3)

子どもと言葉と英語教育(3)

福岡女学院大学 人文学部 現代文化学科(准教授)能勢 卓

  今月で私が担当させていただいた連載記事、「子どもと言葉と英語教育」は最後になります。そこで今回は、児童英語教育を行う上で注意しておくべき点を確認した上で、実際に幼稚園年長の子どもたちに実施した授業を例にとりながら、幼稚園の児童を対象とした英語教育における授業の組み立てについて考えてみたいと思います。
 前号の記事で触れましたように、まず児童が理解できると思われる内容から導入し、そこからいかにプラス・アルファを積み上げていくかが一つ目のポイントとなります。そしてもう一つ注意すべきポイントとしては、クラッシェンの指摘する「学習」から「獲得」への展開が重要であると考えられます。それはつまり、りんごの絵を見て、「りんご」という日本語は英語の「学習」という状態から、りんごの絵を見て、自動的に的に言葉を処理できる「獲得」のレベルへと引き上げていくことが大切です。そして三つ目のポイントとして、授業プランの作成においては、まずテーマ(= ねらい) を決めた上で、そのテーマにおいてターゲットとなる単語と文構造(言い回し)を設定し、その上でそれらの単語や文構造を児童に発話させるためにはどのような活動を行えば良いかを考え、そしてそれらの活動を児童にとって分かりやすいものから難易度の高いものへと展開していくように配置していくようにプランを考える必要があります。

 私が2013 年度にアドバイザー的に関わらせて頂いた幼稚園の年長児(5歳から6歳の児童)のクラスでの一つの授業を、今回は一例として取り上げてみようと思います。その時の授業のテーマは「家族」であり、と自然と返答出来るようにすることがターゲット表現として設定されました。そこで実際の授業展開では、まず最初絵カードを用いてターゲットとなる単語を導認識できていない状況でした。そこでターゲット語となる人物のイラストをスマートボードに提示し、例えボード上に丸をつけてもらい、「おばあさん」がら、児童には各自の教科書に描かれたイラストを指でポイントしながら、それぞれの単語を声に出して発話するように指導しました。単語レベルの理解を促した童が単語だけを言って答えているのを、常に教員がへと児童を導き、これらの発問- 解答を何度も繰り返し、するようになりました。このように家族というテーマのもとで、必要となる単語レベルから文レベルの表現を難易度の低いものから高いものへと展開するように
活動を配置して児童自身の発話を促すことで、英語コミュニケーション能力の育成が取り組まれました。

【新連載】3回シリーズ(2)

子どもと言葉と英語教育(2)

福岡女学院大学 人文学部 現代文化学科(准教授)能勢 卓

  前回の4 月号では、主に子どもの言語獲得ということを中心にお話をいたしました。そこで今回は子どもと言葉の習得に関係して、外国語としての英語を学習・獲得するということを中心に少し考えてみようと思います。

 さて仮に40 代の父母と二人の子ども( 中学1 年生と幼稚園年長) のいる一家が、アメリカに行くことになった場合、現地で生活を始めて1 年ほどした時にその家族の中で誰が一番英語を自由に使いこなせるようになるかを考えると、恐らく幼稚園年長の末子が最も自然な英語で周囲の人々と会話をしていると予想されます。もちろん一年もアメリカに滞在すると中学生の子どもも日常的な会話は問題なく対応できると考えられますが、学校などでなされる説明や口頭での発表においては、発話内容の難易度が高くなっているためにある種の困難を抱いている可能性はかなり高いと考えられます。それに対し幼稚園年長の子どもの場合、1年もすれば周囲の子どもたちとコミュニケーションを図る上で何らの困難もなく、ネイティブ・スピーカー並みの自然な英語で周囲の子どもたちと遊びまわっていると予想されます。この幼稚園児の英語力の著しい伸長は、前号で紹介しましたレネバーグの言う臨界期の子どもたちの脳の可塑性の高さに起因する吸収力のお陰であるとも言えるでしょう。しかしここで一つ気をつけておきたいことは、言語の発達は全般的な知的発達に伴うものですから、認知的に準備のできていない子どもに難しい文法的な説明をしても効果は期待できないということです。それよりもむしろ、子どもたちは日常の言語使用の中で発音や言葉の使い方を自然と習得していくことが望ましいとも言えるでしょう。とは言え英語圏の国で生活していないのであれば、日常的に英語を使用する環境を得ることは難しく、必然的に限られた時間の中で英語に触れる機会を確保していくことになるかと考えられます。しかしその場合でも、子どもたちが第二外国語としての英語の学びを積み重ねていく上で対話や音声面のアプローチに重きを置くことは、それなりに効果を期待できるものと考えられます。

 それでは外国語としての英語を子どもたちが学ぶ上で重要とされてきた考えを二つ紹介しますと、一つはクラッシェンという学者のイン・プット仮説で、もう一つはスウェインのアウト・プット仮説です。このイン・プット仮説のポイントは、対象となる子どもが理解出来る内容の英語に沢山触れさせて、英語の音声や文構造に慣れ親しませることを通して、
対象となる英語表現を学習・獲得させていこうというものです。そしてアウト・プット仮説の方は、このイン・プット仮説を発展させたもので、理解可能な内容に触れるだけではなく、子どもたちにいかにしてその理解可能な内容を発語させていくかということをも含めた授業を設計していこうという考え方です。そこで次号では、これまでの先行研究を踏ま
えた上で、実際に幼稚園年長の子どもたちに実施した授業を例にとりながら子どものための英語教育における授業の組み立てについて考えてみたいと思います。

【新連載】3回シリーズ(1)

 子どもと言葉と英語教育(1)

福岡女学院大学 人文学部 現代文化学科(准教授)能勢 卓

 小学校での英語の教科化が様々な方面で話題となっている現在、多くの人々が早期英語教育への関心の高まりを感じているかと思います。そこでこの4月号から始まる3 回の連載を通して、子どもと言葉の関係に着目しながら、外国語としての英語を早い時期から学習することの有効性と注意すべき点について、少し考えてみたいと思います。

 そこで今回は子どもの言語獲得について考えてみたいと思うのですが、難解な議論をするのではなく、私の前任校である京都聖母女学院短期大学の講義におきまして学生に話していた、子どもの言語獲得に関します基本的な事柄から始めたいと思います。子どもと言語獲得については児童教育に関わる多くの人々が様々な不思議を感じているのと同じように、言語学者たちも様々な疑問を抱いていました。例えばレネバーグという言語学者は、「子どもが生後18ヶ月から28 ヶ月の間に言葉を話しはじめるのは、なぜであろうか?」と疑問に思いました。しかし世界中の母親がこの時期に言葉の訓練を始めている訳はないだろうから、それならば言語を発達させる要求は、主に子どもたちの内部における成熟過程によるものだと考えたのです。そしてレネバーグは、人に生得的に備わっている言語を獲得するプログラムのおかげでおおよそ2 歳頃の時期に言語が発生すると考えたのです。この人に生まれながら備わった言語を獲得する能力というのは、チョムスキーという言語学者が提唱したもので、人には何語であれ対応できる「普遍文法」(UG)が備わっており、それ故、人は生まれながらにして「言語獲得装置」(LAD)が備わっているのだという考えがもとになっています。

 さて話が小難しくなってきましたのでポイントを整理しますと、言語学者にとっても子どもが言葉を話すということ、つまり言語を獲得するということはとても謎に満ちたことなのです。その中で言語学者たちは、子どもが喃語や二語文などを経て言語を確立していくのは、人間に備わった言語獲得装置によるのだと考えたのです。そして子どもたちは大人では考えられない物凄い吸収力で言葉を獲得していくのです。ここで不図子どもの頃はよく覚えられたのに、大人になると中々覚えられなくなるということを思い出してしまいます。実はこの子どもと大人の物覚えの差は、いわゆる脳の柔らかさに原因があると考えられます。しばしば指摘されるように、子どもの脳はとても柔らかいのです。もう少し専門的な言い方をすると、子どもの脳はその可塑性が非常に高いのです。それ故子どもたちは、大人では考えられない程の吸収力で言葉を習得していくのだと考えられます。そしてレネバーグはこの脳の可塑性から、2 歳から12 歳の間を人が言語を獲得するのに適した時期とする「臨界期仮説」というものを提唱しました。つまり言語を獲得するには「脳の可塑性が高い(= 脳が柔らかい)時期」が良いという考え方です。そして実はこの考え方は、現在の日本の早期英語教育の潮流のもとになった考え方の一つなのです。そこで次号では、子どものための英語教育という話に進んでいきたいと思います。

【新連載】3 回シリーズ(3)

 「幼少期の間にしておくことが,今後につながる。」

京都市立開睛小学校 河田 理江

 「グー チョキ パー で グー チョキ パー で 何作ろう~ 何作ろう~♪」日本の幼稚園・保育園では,この歌に指遊びが付く。私が過ごしていた,ベナン共和国では,この歌が遊び歌ではなく,決まり歌になる。「アレ~エコール アレ~エコール オン トラバイ オン トラバイ♪・・・」(学校に行こう。しっかり勉強しよう。怠けてはいけない。しっかり勉強しよう。)この歌を幼稚園の子ども達が,園で歌っている。さらに,家で口ずさんでいる。この1つの歌を例に挙げたが,日本では,この他にも幼稚園・保育園で指を使った指遊びや指先を使った
創作活動をする事が多い。だから,小学生になった時に,折り紙の端と端をそろえて紙が折れるし,鶴を折ることもできる。はさみを使って上手に円を切ることもできる。しかし,ベナンの幼稚園では,指先を使った活動がほとんどない。だから,小学生に切り紙を教える為に,「紙の端と端を合せて三角に折りましょう。」と言った時もきれいに折ることができなかったのだ。担任の先生ですら上手に紙の端と端を合わせて折ることができなかった。指先には,末梢神経が集中していることから「第2の脳」と言われることがある。指先の運動は,脳にも刺激を与え,子どもの成長・発達を促す。日本の子ども達は,幼少期から指先を使ったたくさんの経験をしているから,大人になっても,細かい作業を簡単にすることができるのである。
 逆に,ベナン共和国の人々は,リズムに乗って踊るのが得意で,音楽が流れるとみんな踊れる。小さな子どもでも恥ずかしがることなくみんな自分でリズムをとって踊る。体育の時間に,担任の先生が「次は,だれが踊る?」と聞かれるとみんな手を挙げ踊りに来る。中には,身の回りにあるもので楽器を作り,音楽を奏でている子どももいる。日本の子ども達に「次は誰が踊る?」と聞いても,前にでてくる子どもは少ない。みんなの前で踊るとなると恥ずかしがって踊れない。しかし,ベナンに至っては,最後に,先生も踊りだす。この国で,踊りというのは家庭で教え,地域で教え,学校でも教える。だから,リズム感があるし,陽気なのである。
 このことから,幼少期にどれだけどんな経験をしているかによって得意なことに偏りができる。どちらが良いとは,言えない。ただ,言えることは,幼少期に学校や家庭で教えることが子ども達の未来にそのまま続くということだ。だからこそ,自分の目の前にいる子ども達にとって今,必要な力は何なのか?何を身に付けさせたいのか?ということを指導者がぶれてはいけない。どれもできない子どもになってしまう。新しい教育法ばかりを探していくので
はなく,日本の先人が伝え続けてきてくれた教育法を生かしつつ,目の前にいる子ども達と向き合った指導法を見つけていくことが大切だ。

【新連載】3 回シリーズ(2)

 「もっているものを引き出すためには」

京都市立開睛小学校 河田 理江

 (青年海外協力隊平成27 年度1次隊 ベナン共和国小学校教育)
 ベナン共和国の子ども達と体育の授業をしていて感じたことは,ものすごくバネがあること,体の使い方が上手な子どもが多いことである。しかし,指導する教諭の方が正しい知識がない為に,その子どもたちの能力を存分に引き出すことができていないことを残念に思ったことがある。
 ある日の授業で走幅跳をされていた時,担任の先生がこんなことを言われた。「両足でしっかり踏み切りましょう。」私は,そこで質問をした。「両足で踏み切って跳んで,どうなったらこれはいいの?」その先生の答えは,「わからない。両足で跳ぶんじゃないの?」だった。さらに,その授業ではただ跳ぶだけで,記録を測ったりしない。だから,子ども達がめあてや目標をもって授業に臨むこともないし,前の自分と比較することもできない。そして,授業が面白くなくなる。実は,先生自身も体育の授業での実技について,正しいことを教わっていないのだ。ベナンでは,体育の学習というのは「規律を学ばせる授業」という解釈がなされており,集合してウォーミングアップをすることと,授業後にしっかりと手洗いうがいをすることに重きを置いている。ボール運動の授業は,チェストパスのみ。50 m走を走っても記録を測らず,2人走って速かった人が勝ちで遅かった人が負けというようなものだ。そこで,実技のアドバイスをしてみた。すると子ども達がいきいきと運動を始めた。担任の先生が「もう疲れるから跳ばなくてもいいよ。」と言っても,できたことがうれしくてやめようとしなかった。「できる。」という喜びがその子どものやる気を引き出したのだ。
 子どもは,一人一人違う能力をもっている。運動が得意な人もいれば,音楽の得意な人,裁縫が得意な人や物作りが得意な人もいる。その時の教師の支援の一言は,子ども達の能力を最大限に引き出すこともできるし,下げることに繋がることもある。
 ベナン共和国で,ある人に「なぜこの仕事についたのですか」と尋ねた時「学校の先生が『上手だね』と言われたからこの仕事を選んだ」と言う答えが返ってきた。教師の一言が子ども達の将来を大きく変えることはどこの国でも同じなのだと感じた。そんな私も,小学生の時に担任の先生から「運動能力が高い。陸上競技を続けるべきだ。」と言われ、大学まで競技をすることになり,今も大会の運営や審判をしている。その時の先生の一言がなければ別の道
に進んでいたのかもしれないし,自分の能力に気づかなかったかもしれない。そう思うと、私たちは子どもにかける一言一言に重みを感じなければいけないし,そのためには普段から一人一人の児童をしっかりと見つめ,その子らしさが出せる環境を整えていかなければならないと思う。
 今目の前にいる子ども達にあなたは,どんな言葉をかけますか?

【新連載】3 回シリーズ(1)

 「物がないなら与える」のがいいのか?

京都市立開睛小学校 河田 理江

 (青年海外協力隊平成27 年度1次隊 ベナン共和国小学校教育)
 私がベナン共和国から日本に帰って来て、こんなことをよく言われた。「もう,履いていない靴があるのだけど,これってアフリカとかに送ったりすると助かるかな?」約2年間ベナン共和国で生活をしていた私が出した答えは,「助かるとは,思わない。」である。なぜそのように答えたのかというと,まず,私が住んでいた町で運動靴を履いている人が,ほとんどいなかったということが挙げられる。特に子どもは,ビーチサンダルを履いており,体育の時間になると教室でビーチサンダルを脱ぎ,はだしで体育をするのがノーマルである。はだしだから,けがをすることもある。そこから破傷風や感染症になることもある。「じゃあ,あった方がいいやん。」と言われそうだが,それは,その場にいない人の考え方である。例えば,その村の子ども全員に靴が配られたとする。きっと大切に履いてくれると思う。しかし,用意された靴の中に自分の足とぴったり合うサイズの靴がなくても「ぴったりだ。」と言ってその靴をもらうだろうし,足が大きくなって履けなくなっても無理やり履き続けるだろう。そのまま履き続けたらどうなるだろう?私の知人もサッカーをするのに靴が必要で,小さい靴を無理やり履いてプレーしていたらしい。その彼の指は曲がってしまっている。
「靴がなくてかわいそうだから送ってあげよう」ではなく,その後の事も考えてもらいたい。
 そこで,私は発想を変えてみた。裸足でも,けがをしない環境を作ればいいのだ。ベナンの人々はとてもきれい好きである。みんな朝早く起きて,家の前の門掃きをする。学校も同じで、児童は学校に「バレイ」というほうきを片手に登校する。学校についたら校庭と教室をきれいに掃除する。しかし,だれも住んでいない道や砂浜は,ごみであふれていた。
だから私は「人が見ていないところも掃除をしよう。」と掃除大会を市長に提案しにいった。異国の地に住んでいる日本人が突然言った提案にも関わらず,市長は地区長を集めて話をしてくれ,清掃活動が行われることになった。普段は時間にルーズなことがあるベナンの人々が、朝7時から昼まで掃除を続けてくれた。提案した1回で終わることなく,私の手を離れた企画なのに、今も続いている。もし,靴を送ることを選択していたら、きっと物を送る人がいなくなった時点で、またふりだしにもどっているだろう。物がないから物を送ってあげればいいのではなく,住んでいる人々の生活にあった無理のない形で代案を提案すれば、生活の一部になって続くのだ。相手の立場,環境を考えたうえで提案していくことが,今後も続いていくカギであり,本当の支援であると思う。
 できなくて困っている子どもがいたら,すぐに手を貸しやってあげることがいいですか?それとも,時間がかかっても、できるまでやり方を教えてあげるほうがいいですか?

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【新連載】3 回シリーズ(3)

カメルーン版インクルーシブ教育?

国立民族学博物館 戸田美佳子

 昨年(2016 年) 4 月、障害者差別解消法が施行された。それにともない、学校や役所などの行政機関や、鉄道会社やレストランなどの民間事業者が、個々の障害者のニーズに応じて、具体的な場面で合理的な配慮(reasonable accommodation)をすることが求められている。

 私が勤める博物館も10 年前から、ユニバーサル・ミュージアムを目指し、さまざまな年齢や国籍、言語、障害をもつ人びとに対してひらかれた展示を実践している。(たとえば見るだけではなく触れる資料の展示や、多言語による音声ガイドの提供など)。ただし現実には、個別のニーズにどのように応えればいいのだろうかと悩んでしまうことも多い。そのような時、私はカメルーンで目にした学校のことを思い出す。

 多くのアフリカ諸国では、障害者の教育は、財源の乏しい政府ではなく宣教師や慈善組織、篤志家によって担われてきた。私が訪れたカメルーンでも、障害者施設の多くが慈善団体などによって運営されていた。そのひとつに、フランス人篤志家がつくっ
た障害者施設が首都ヤウンデにあった(現在はカトリックの神父が運営している)。

 この学校には、視覚障害や発達障害をもつ生徒のための学級がある。視覚障害者学級を覗くと、脚に障害のもつ先生が教鞭に立ち、目の見えない生徒は点字ボードを、近所から通う障害のない生徒は木のボードやノートを使い、一緒に学んでいた。

 施設自体は(日本のようにエレベーターなどないので)階段や段差などバリアだらけなのだが、身体障害をもつ生徒たちも車椅子を使い通っていた。彼らが階段などを移動する際は、同級生やその場にいあわせた生徒たちが車椅子を持ち上げていた。そう
した風景がここでは日常だった。インクルーシブ教育を目指して作られた学校ではないが、障害のある人と障害のない人が共に学ぶ仕組みが無理なくできていた。

 こうした障害者学校に非障害者が通うというような体制をとるのは、私立の学校経営にとって利点があるからでもある。そのひとつに、確実な運営資金の確保がある。学校の収入源は生徒からの授業料であるが、この学校にはシスターや神父の援助によっ
てカメルーン各地からやって来た地方の(金銭に余裕のない)障害をもつ児童が数多く通っており、こうした生徒たちの費用(授業料と寄宿費)のねん出が大きな問題となっている。だからこそ、障害の有無にかかわらず児童を集めて、教育を提供し、収入を増やすことが重要となっている。近所から通う子どもの親達も、安心できるキリスト教系の学校に通わせることを望んでいる。つまりは、共に学ぶことが「理に適っ(reasonable)」ているのだ。

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写真 視覚障害者学級の授業風景。視覚障害をもつ子ども達が点字を使い、近所に住む子どもたちと一緒になって授業を受けている。

 カメルーンは障害者へのサービスが充実しているわけではなく、日本以上に多くの問題を抱えている。それでも、共生するためのヒントがここにはあるように私には思える。

【新連載】3 回シリーズ(2)

新学期の始まり

国立民族学博物館 戸田美佳子

 「ラントレ・スコレー(La entrée scolaire)のた
めにお金がいるのよ」
 8 月末になると、カメルーンではこうした声があちらこちらで聞かれます。この時期は、市場の女性達から釣銭を渋られても仕方がないなあと思ってしまうものです。

 「ラントレ・スコレー(La entrée scolaire)」はフランス語で新学期を意味します。カメルーンの
学校は3 学期制(9 月~ 12 月中旬、1 月~ 3 月中旬、4 月~ 6 月)で、日本の夏休みにあたる長期休暇(7~ 8 月)が明けた9 月初めが新学期の始まりです。
カメルーンでは、2000 年にポール・ビヤ大統領が小学校6 学年制の授業料を無償化しており、初等教育は義務教育となっています。ただし実際には、学校に通う子どもを持つ親達は、新しい学年の教科書、通学用の新しい靴や鞄、ノートを購入しないといけません。学校に入るためには高額な登録料もかかり、学童期の子どもがたくさんいる家庭は本当に大変です。

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カメルーン熱帯林の村の小学校。カメルーンの国旗を掲げて、朝礼が始まります

 小学校を卒業すると、中等教育(中高一貫教育が一般的)へと進みます。地方の村にも義務教育の小学校はありますが、中学・高校は町にしかありません。義務教育期間の就学率は90%を超えており、日本の中学校にあたる前期中等教育への進学率も5 割に達しているといわれています。このように、多くの親が教育の重要性を認識していますが、地方の村に暮らす子ども達が進学するのは容易でありません。

 まず大変なのは、親元を離れて、町で生活をしないとけないことです。寄宿学校がほとんどないので、親は家賃を払い部屋を借りないとけませんし、子ども達は自分達だけで食事を作らないといけません。

 ラントレ・スコレーまでに、村の親達は町に出て子ども達が生活する家を探し、次の休みまでの食費を子どもに渡し、さまざまな学校用品を購入するのです。子ども達も貰ってばかりではありません。町の学校に通う子ども達も、夏の休暇シーズンには村に戻ってカカオの収穫作業などの家族労働を手伝います。

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カカオの収穫を手伝う子ども達

 皆でなんとかやりくりして、9 月の新学期を迎えるのです。

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